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純愛を守るために

Messages From
Jun-Ai Project
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池川明先生からの応援メッセージ

独自の教育理念に基づく教育を長年続けておられる七田厚先生(しちだ教育研究所)とNOP法人純愛国際平和基金事務局の緑川望さんのお二人から、奇しくもほぼ同時に横浜で上映されている「純愛」を紹介されました。そこで横浜中華街近くの映画館での千秋楽にお伺いいたしました。 私個人は胎内から子どもが記憶を持っている現象である「胎内記憶」を調べております。その中には前世記憶(生まれ変わり)の話が数多く寄せられ、日本に生まれる前は他の国で暮らしていた記憶のある人はかなり多くおられます。 今という時代を日本で暮らしていても、以前は全く違う地域、文化で暮らしていることは普通にあるようなのです。 そうした視点からこの「純愛」を見ると、命のあることが素晴らしい、命をつなぐことが素晴らしい、という映画からのメッセージは子どもたちの語る胎内記憶と重なります。 自分自身が産婦人科医としてお産にも関わっているためか、主人公の愛さんが助産師として活躍するところ、その娘さんが助産師としてその地域で活躍するというストーリーに共感すると言うより、入り込んでしまいました。 赤ちゃんが生まれると村の人が松明を灯して命を歓迎する場面や、お母さんが命を落としたとしても、生まれてきた命を歓迎する、その言い伝えが残る最後の場面では涙を禁じ得ませんでした。 時代背景は日中戦争という設定ですが、このテーマは地域を変え、場所を変えても、その伝えたいメッセージは普遍的な内容だと思います。 胎内記憶から考えると、国、地域で争い合うことは無益なことです。なぜなら今憎しみを向けている相手の国に、前世で暮らしてた可能性は高いのです。そして将来、今自分が憎んでいる国や地域に生を受ける可能性も高いのです。自分が遠い過去に暮らしていた所、そしていつの日か暮らすであろう所に今の自分が憎しみを向けることに、どれほどの意味があるのでしょうか。 憎しみ合う人の関係は、戦争だけではなく、家庭の中、友人との関係、地域の中でも普通に存在します。しかし、表面的に見るのではなく、人の内面を感じとると、そこにはどんな人にも輝いている魂があるのです。それは、生きていることだけでも素晴らしい、というメッセージのように思えるのです。そして、小林圭子さんの千秋楽の舞台挨拶でお聞きした「我〓胃」がこの映画の全てのように思えます。そんなことが「純愛」を見て素直に感じることが出来るのではないかと思います。この映画に対して世界中で賞賛の嵐が巻き起こっているのもよく分かります。 この映画は単に鑑賞して終わりではありません。 人と人とつないでいく仕組みがあるのです。 鑑賞した方が純愛パスポートを持ち、この映画を人に伝えることで、皆さんが世界を変えるためのプロジェクトに参加できます。 「ウオーアイニー」私はあなたを愛しています。 皆さんもこのプロジェクトに参加して、このメッセージを世界に届けませんか?

池川クリニック 池川明 2014年10月28日


東京都内の校長先生からの応援メッセージ

愛というものがとても広く深いものであることをあらためて感じさせられる映画です。映画・ドラマ・小説・マンガで、ある関係での特定な相手に対する愛を描いている作品が数多くあり、その愛への共感が、見る者を感動させます。しかし、「純愛」の愛は普段日常では意識しなくなってしまった愛の形・存在が見る者の心を揺さぶり涙をあふれさせます。主な登場人物の4人の愛はそれぞれ違いますが、どれも広く深い。多くの村人に潜在していた愛も次第に広く深くなる。見た者は自分は生まれた我が子の命には注げるような無条件の愛が、どうして周りの人には注げなくなってしまったのだろうと自戒し、小さな自分の存在に涙するのだと思います。「純愛」には全ての人を自分の愛も、こうありたいと回帰させる力があります。そして、見た者を人としての更なる高みへ引き上げてくれる映画だと思います。

府中市立府中第六中学校  校長 遠藤 淳


東京都内の校長先生からの応援メッセージ

鯉のぼりが大空にはためく姿に、こんなに感動したことはありませんでした。人は自分らしくあろうとすることに一生懸命で些細な違いに目を向けがちですが、命が与えられたものであることに気付いた時に、同じ心の通った人どうし、共通なものに目が向けられるようになるのだということを、この映画を見て改めて感じました。そして、感動もまた、人を結びつけるものであることを・・・!映画を製作され、普及していらっしゃるスタッフの皆さんのミッションに感謝とエールを送りたいと思います。多くの方に見ていただきたい映画です。

府中市立府中第五中学校長  中村 一哉


東京都内の校長先生からの応援メッセージ

「純愛」素敵な映画でした。上映前、私は日中友好の懸け橋映画と勝手に思い込んで出かけた。違った。主人公愛さんを中心とした人間愛を描くドラマが展開していた。「生まれること」「生きること」そして「死」へ繰り返し営まれる人の一生や人のふれあいを見事に描いています。良い映画は観るたびに新しい感動をもらえます。視点を変えてまた観たい、そんな映画です。  愛さんを見事に演じていた小林桂子さん、私は桂子さんの学生時代に家庭教師として出会いました。今と変わらず屈託のない笑顔で人を和ませてくれる明るい子でした。しばらくの時を経て、今回のP連映画会上映の際、久しぶりにお会いすることができました。本当に嬉しそうに話している姿も以前のまま穏やかでありながら、ご立派に成長されている雄姿を拝見し感動すら覚えました。 また、彼女が世界的な視野に立って「子供たちの教育支援」に取り組んでいることも今回初めて知りました。同じ教職に携わる身として今後のご活躍を切に願っております。純粋に仕事に取り組む人には多くの困難が待ち受けています。すべてを人の努力を無にする笑いに結び付けてしまうことを良しとする風潮が存在します。そんな自己中心的で邪な価値観を持ち善行人の意欲を低下させる善からぬ輩が世の中に大勢いるからです。「教育は百年の計」といわれます。今すぐ目に見える成果は表れないかも知れませんが、やがて実を結び大きな花を開花させます。ともに未来の宝物である子供たちを育みましょう。  とても心地よい感動をいただいた2時間ありがとうございました。応援しています。

府中市立府中第二中学校校長 桐川勲


東京都内の校長先生からの応援メッセージ

映画「純愛」は、「愛」「命」「絆」「優しさ」「平和」…etc、いろいろなテーマがいっぱい詰まった映画です。何度も観させていただきましたが、そのたびに新たな感動・発見があります。 一人の女性が、恵まれない子供たちのためにゼロからスタートし、賛同する人たちと多くの時間と苦労を重ねて、作り上げた映画が「純愛」です。そしてそれはいつしか国境を越えた愛と絆のプロジェクトになりました。 本格的な映画を製作することも初めてだった彼女が、当時不可能に近かった日中共同の映画作りに挑戦し、見事にその夢を実現させせたことに、心より敬意を表し、拍手を送りたいと思います。その女性こそ、この「純愛」の制作・脚本・そして主人公を演じた小林桂子さんです。 私は、小林桂子さんとはご縁があって、彼女が中学時代からの知り合いです。学生時代から明るく純粋で、この「純愛」は彼女自身であると言っても過言ではありません。最近、彼女と話をする機会があったのですが、その純粋さ、前向きさは昔と変わらず、いや、さらにパワーアップされたような気がします。もしかして、背中に天使の翼が生えているのじゃないかと聞いたくらいです。 ただ、真直ぐな気持ちにつけ込み、私腹を肥やしたり、理不尽な批判をする一部の心ない人のために、ご苦労し、心を痛めた時期もあったと聞いています。でも、今ではそれらも大きな愛で乗り越え、一歩ずつ着実に前進しています。 私は、中学校教育に携わっていますが、現在学校教育ではいじめや不登校などの課題が多くあります。ぜひ、この映画「純愛」を多くの中学生や高校生に観てもらいたいと思っています。 海外で高く評価され、様々な賞を受賞した「純愛」ですが、これからもこのプロジェクトが、人と人との大切な愛や絆を広げていくことを、祈念しています。

江戸川区立春江中学校 校長 福迫 潮


寺山心一翁先生からの応援メッセージ

純愛。この映画の題名を初めて聞いた時、私は不思議なインスピレーションを受けました。 それは「純粋な愛」に繋がる何かがあるという閃きでした。 さて実際に映画を見て、まさにその通りでした。 舞台は、第二次大戦直後の中国に取り残された日本人女性の生き様から、スタートします。 この映画に流れていることが、すべて人類共通の純粋な愛に貫かれていたからです。 観ていて、私はとめどなく流れる涙を何度も、何度も拭って見続けました。 ぜひ皆さんに、何度でも見ることをお勧めします。 そしてこの無条件の愛の意識は、いま混迷を極める人間の世界をきっと根底から変えていくことでしょう。

フィンドホーン評議会理事 日本ホリスティック医学元常任理事 寺山心一翁 2013年3月8日


横田早紀江様からの応援メッセージ

「純愛」というこよなく美しい映画を観ました。人が、最も大切にしなければならない、人が皆、失ってはならない魂の事が描かれている映画でした。種々に流れてゆく長い長い歴史の中、沢山の悲しみ、苦しみが地球上、何処ででも展開されて、時が流れていきます。延々と繰り返されていきます。その中で最後に残るのは、愛です。「信仰と希望と愛、最後に残るものは愛である」と聖書にも記されておりますが、本当にそうだと思います。 私は、十三歳だった大切な娘めぐみを北朝鮮に拉致された横田めぐみの母親でございます。 平和に普通に暮らしていた或る日、その一瞬!! めぐみは三十五年前の夕方、海辺に近い新潟市で中学校下校途中、家のすぐ近くの曲がり角で北朝鮮の拉致工作員により連れていかれました。以来、二十年間、警察による大捜索にも関わらず、娘の姿も情報も全く無い儘、辛苦と悲しみの長い年月を過ごしてきました。絶対に生きていると信じて祈り続け、歩み続ける中、北朝鮮の指導者がやっと拉致を認め謝罪しましたが、娘や八人の若者達は全員死亡と言い、ついに娘の偽遺骨が外務省の人により持ち帰られました。 骨を鑑定した結果、二人の他の人の骨でした。今も北の国の何処かに幽閉され、帰国を願って、故郷を想い、泣いている人達が沢山おります。 親兄弟の愛、隣人の愛、国民の愛によって正しい行動を起こして、罪無くさらわれた儘、苦しんでいる同胞を救出するため、頑張っております。「神は愛なり」を信じて祈ります。 多くの方々に「純愛」の映画をご覧いただき、静かに魂の問題に触れ、私達の心の中に在る深い事々を掘り下げて見つめる一ときを持ってみることは大切な事と想います。 お一人でも多くの方が「純愛」を鑑賞され、心の中に小さくても、ゆるぎない真の光がポツリと灯されます様に、又、小林桂子様のご活躍が益々神様に祝福され、用いられます事を祈っております。

横田早紀江 2012年10月


皇漢堂鍼灸院院長 船木寛伴先生からの応援メッセージ

寺山心一翁先生がわざわざ東京から秋田まで電話を掛けて下さり、時宜を得た名画だと力説されるからには、余程の内容をもつ映画なのだろうと思い、妻と娘を誘いかつ数人の知友にも声を掛けて、夕刻から上映される秋田市文化会館へと車を走らせた。 映画が始まり半ばを経過する時分から、私は止めどもなく静かに頬を伝う涙を禁じ得なかった。映画の終了時には次の様な感慨に浸った。人を愛する事、それもその名の如く純粋に一人の人間を愛する事は、その家族を愛する事になり、その家族に係わる隣人をも愛することになり、これら幾多の人々と共生している四季折々の自然をも愛する事になり、更には「天地人」の合一からなる一国家をさえも愛する事に繋がり、加えてその国家の培ってきた長い歴史や文化や伝統や風習などをも愛することになるのだと朧気ながら感得することができた。 この「純愛」を観ながら、已に亡くなって久しい二人の父に、いつの間にか思いを馳せていた。実父は大正13年生で、中島飛行技術訓練所を経て、弱冠二十歳そこそこで戦地に応召され、広大な満州興安嶺の付近を転戦し、多くの人馬の壮絶な死に遭遇しながらも実に奇跡的に一命を保ち得た。終戦直後は、突然参戦してきたソ連軍により2年近くに亘るシベリア抑留を余儀なくされ、ここでも塗炭の苦痛を味わうことになった。一方義父は大正3年生で、三重大学を卒業後、大きな夢と遠大な理想を抱き、25才で「満蒙開拓団」に志願し大陸に渡った。彼の地で妻子に恵まれて幸福な一時期を過ごしたが、敗戦と終戦時の混乱で妻子とはぐれ、やがて筆舌には尽くせぬ悲惨極まりない戦渦を嘗めつつ、ついには妻子の死を認めざるを得ない憂き目に見舞われることになった。 この二人の父からは戦争の凄惨さと未来の見えない絶望感と全てを失うという喪失感とを痛いほど聞かされていた。しかし二人はまるで口合わせをしたかのように、共通する美談を縷々述懐していたことも忘れられない。時に戦争さえ引き起こす国家や権威のなせる専制性や独善性や排他性とは裏腹に、民衆の中には及びも付かない程の慈愛溢れる人間が少なからず存在するものだというのであった。いつの時代、どんな場所、如何なる理由があるにせよ戦争は回避せねばならないと、口を酸っぱくして繰り返していた二人ではあったが、自分たちが中国の人々から甘受した、まさしく慈悲の心に接し、そこに神の存在つまり純一なる「愛」を自得していたのではなかったか。 このように他界して長い時を経た二人の父を事を思い出させ、純一無垢なる「純愛」とはいかなる真義をもっているのか、それを静思黙考させてくれたこの映画は本当に素晴らしいと思う。事実と実話をベースに製作された数々のエピソードに、一層の彩りを添えてくれる美しい「映像」、観る者の琴線を振るわせる「旋律」そして何よりも配役一人ひとりの真摯な演技がひときわ胸をうつ。今は世界中で愛が見失われつつあり、そこかしこで紛争が日常茶飯事になっている。日中間に於いても一歩間違えば抜き差しならぬ事態となり、累卵の危うきにあると愚考する。かかる不安定性に満ち満ちた過渡的時代の今こそ、多くの国民や為政者にこの「純愛」を鑑賞して貰いたい。 一見小さな存在に思えるたった一人の織りなす真なる自他(・・)への愛こそが、喧噪と混乱と紛争をなくし、万人の安心立命と希望と平和ひいては地球自体の蘇生の礎になるのではないかと愚考する。 「純愛」が多くの人々の心眼に焼き付くことを祈りのうちに・・・。

船木寛伴 2013年2月


参議院議員 山谷えりこ先生からの応援メッセージ

英国貴族院での上映会を心よりお喜び申し上げます。 映画「純愛」を初めて鑑賞させていただいた時から、すっかり小林桂子さんに魅せられてしまった一人です。「純愛」は国会となりの憲政記念館でも上映され、多くの国会議員とスタッフが称賛の拍手をおくりました。美しい映像、音楽・・国境を越えた愛、故郷への思い、希望、生きるための力強さを描いた「純愛」は、人々に勇気を与えてくれることでしょう。一人でも多くの方にご覧いただけますようお祈りしております。

参議院議員 山谷えり子 2011年2月24日


日本映画大学学校長 千葉茂樹監督からの応援メッセージ

マザー・テレサさんがこの世を去ってから十数年が立ちました。けれども今でも、彼女の存在は人々に訴え続けています。愛すること。愛をもって接すること。人にとってもっとも大切なことは「愛」という心のあり方、そこから発せられた言葉、そして行動だということ。マザー・テレサさんが伝えていることはまさにこのことです。そして、それと全く同じもの、「真実の愛」を伝えている物語、それが「純愛」です。 今年に入って、「純愛」を全国各地で上映したいという声が増えていると伺い、大変嬉しく思っています。特に学生の皆さまに対して、是非、鑑賞の機会を作っていただきたいと感じています。今の時代に忘れてしまいがちな「人を許す」ということが、この映画の中で強く訴えかけられているからです。そして、「純愛」の高い芸術性―映像、音楽、ストーリー、演技―なども若い人たちの美しい心を育むと確信しています。

千葉茂樹 日本映画大学校長、カトリックメディア評議会会長、「マザー・テレサとその世界」監督 2010年12月

Endorsement by Dr Darlynn Bowman PhD MscD CMHt

To Keiko & Shogo. I wish to thank you for the very beautiful film JUN AI, that you have created and are promoting. In many ways it speaks to people of all nationalities with a dynamic concept of the "Oneness of Humanity". It is so interesting for me to see this important theme portrayed in such a beautiful film. Universal awareness and connection to ideas often has come from American films. In our memories we can go back to so many special moments that have personalized ideas of hope and humanity on film, and in music. To see this in story form in film is definitely something I wish to promote. I have always had a strong connection to the Japanese people and have many Japanese clients, to see them developing this type of media is good. As a professional I see this work as the beginning of something far greater, and developing the awareness of a New Age in a necessary ways. John Lennon said it so beautifully in his music, with the song IMAGINE. This goes straight to the heart and the mind follows gladly.

Dr Darlynn Bowman PhD MscD CMHt Nov.2012


Endorsement by Dr Gnobo A. Calypso

My work with Japanese has been extensive. While working with wonderful individuals I became involved with research and studies about Japanese so that I not only better understand them, but communicate with them during sessions. During these studies I saw there was a lot of pain between China and Japan. I pondered often how could this chasm be bridged? I had deep of concerns that the wounds were too deep. Then I went to see “Jun-Ai” in Sedona. I was highly impressed and tears streamed down my face. What was so wonderful about this movie is that it creates that bridge with compassion and passion between China and Japan. The film is a courageous undertaking to heal a very deep wound. I feel it then becomes controversial because the pain of China and Japan is controversial. This then brings in the energy of controversy that must be handled. Controversy then bleeds over into the individuals involved in the film. Though controversy itself allows for renewal and expansion, growth and transformation, we human beings sometimes handle controversy negativity and create this impact on individuals, when it is about the subject matter and not the individuals. The theme of controversy then should be embraces for transformation and not to diminish another person, such as I have seen happen with the individuals involved with “Jun-Ai.” To be controversial is daring. My work is known as controversial and therefore it is daring. I also know that I have a strong 100 in my chart which says that I must create new beginnings for people through controversy and that I would stand alone in this pursuit. Keiko-san also has the 100 in her angstroms and this means you stands along to create new beginnings through controversy. This is the way of Spirit. Consequently she becomes engulfed in the controversy of people instead of subject and theme and this is unfair and unjust. What Keiko-san is doing is bold, audacious, compassionate and controversial, but in subject not in individual and we must see this. Controversy has extended into the promotions of “Jun-Ai” and this is due to one person’s viewpoint working with controversy. Today, in Western Culture, marketing is the greatest tool anyone can use and it is a challenge within itself. Keiko-san and individuals involved with “Jun-Ai” must bring this controversial work forward to heal a deep wound and their efforts to use marketing---which is a strong Western tool and value---has backfired on their passion for healing such a tremendously deep scar. This is not intentional. The way that I see it is that Keiko-san is only asking for help from our world’s brothers and sisters to get this message out to heal this gaping wound. And through these efforts she has been persecuted due to the theme of controversy; however, these are not the intentions and energy of “Jun-Ai.” When I met Keiko-san in your home I did not, in any way see, an opportunist or capitalist. I met a highly evolved individual who is living her life mission through global healing. And I honor and respect Keiko-san for this. I do not feel she deserves the symbolic throwing of rocks for her attempts to promote this film. I do believe that if people would put down those rocks and help move this controversial energy into larger arenas then Keiko-san can continue with her mission. This should not be obstructed by pettiness or one person’s motivation to diminish another; yet in this case the healing of a large wound between China and Japan is what is being stopped, diminished and placed into degradation. This cannot be. We must uplift ourselves from one person’s subjected opinion who does not know how to delicately handle controversy and open our hearts to help guide “Jun-Ai” throughout the world to help heal something that is extremely painful and tragic. Keiko-san has the 100 in her angstroms and this means creating new beginnings through controversy, but this is for the best and highest good of all and is affected by the will of the creative force. This means what she must do comes from a much higher source then being persecuted by the misunderstandings of humankind. My heart, soul and authentic self is with this movie and Keiko-san at all times. Sincerely,

Gnobo A. Calypso Nov.2012